★★☆ ナイト・ハーレム 03


 翌日。
 いつもなら起こすのを諦めて帰るくせに、今日のクレースは並々ならぬ粘りを見せた。
「さぁさぁ、シラギ様! もう日は昇っていますよ!? いい加減起きて下さい!
 今日はきちんと食卓で食事をしていただきます! 毎日だらしない生活なんか送らせませんからね!!」
 布団を剥ぎ、寝台から引っ張り倒す。
「うっるさいなぁ、お前は・・・」
 転げ落ちたシラギは仕方なく身を起こした。
「はいはい、わかったわかった。起きればいいんだろう、起きれば・・・」
 ぶつぶつ文句など言いながらシラギはだらだらと立ち上がる。
「今日はこれでも着て下さい。着替えの手伝いは?」
「どうも。あー・・・どっちでもいいや」
「では、失礼します」
 どうもクレースの態度が投げやりな気がする。
 寝ぼけた頭の片隅でそんなことを考えたシラギの態度も大概適当だったが。
 拒否されないとわかると、クレースは身に付いたオカン根性で手際よくクレースの着替えを手伝った。
 こんなボケボケした状態では言われたことも、自分が言ったことも三秒で忘れ去ってしまうだろう。
 二度寝を防止するためにも、クレースは手早く着替えさせた。
「ほらほら、顔を洗って下さい!」
「あ〜・・・」
 水盆に追いやる間に髪を梳かす。
 バシャ、バシャ。
「ん〜〜〜・・・」
「はい、タオルです」
「ああ、・・・」
「さっさとして!」
「ん〜〜・・・?」
 なぜだか今日のクレースは必要以上に世話を焼き急かして来る。
 なんだろう、どうしたのだろう・・・? ああ、でもどうでもいいか・・・。
 カク、とシラギの首が船を漕いだ。
 半分以上眠ったままの脳みそでは詳しく考えられなかった。
「出来ましたね!? もう食卓は準備済みです!! 今日はサラさん(メイド)のスペシャルメニューですよ!!
 さ、行きますよ!!」
「あ・・・? そうなのか? ああ、うん。じゃあ行くか」
 本当は身体はまどろみたくてだるかったが、クレースの溌剌振りに押されて、最近めっきり行かなくなった食卓へ向かう。
 長年仕えてくれるサラの手料理も最近は全然食べていなかった。
「もっとしゃきっとできないんですか、あなたは」
 クレースは呆れ気味だ。
「んん? 起きたばっかりなんだし、こんなものだろう」
「もうみんな起きて働いている時間なんですがね・・・」
「ふあぁ〜あ、それは悪かったな」
 全く一ミリも反省していない様子のシラギにクレースの反応はため息オンリーだ。
 正午に近い午前の空気は温い。
 すべてのものがシラギをまどろみに誘っているようで、動作が遅れてしまう。
 しかし、食卓のある部屋はすぐ近くだ。
「さあ、どうぞ」
 投げやりクレースが、布の扉を捲った。
「ありがとう。サラ、おはよう、久しぶりに・・・」
 部屋に入ったシラギの目には、いつもと違う風景が写った。
 食卓には既に誰かが着いていた。
「え・・・!?」
「ああ、ようやくお出ましですか。おひさ・・・」
「んなっ!?」
 シラギは食卓に座っている男を見て噴出した。
「ちょっ! どういうことだ!? なんであいつがここにいるっ!?」
 即座に部屋を出ると、待機していたクレースに喰ってかかった。
「ここは私の館で・・・えええ!? どういうことだっ説明しろ、クレース!!!」
「・・・まあまあ、落ち着いて。シラギさま」
 胸倉をつかまれたままクレースは飄々と応じた。
「これが落ち着いていられるかっっ!!!!」
「・・・そうですよ、少し落ち着いて下さい。
 お久しぶりです、兄上」
 男は食卓から立ち上がって声をかけた。
「・・・・・・ああ」
「ああ、ほら。シラギさま。
 お客様が来ているのに、そんなに取り乱してははしたないですよ、みっともない。
 早く、この手をお放し下さい。大人しく席について・・・イオネさまがお待ちですよ」
「・・・なんでだ」
「え?」
「なんであいつがいるんだ!?」
「シラギさま。その話は後でじっくりいたしましょう。とりあえず今は食卓について下さい。
 先ほどからずっとお待たせしていましたので」
「・・・」
「なかなかいらっしゃらないから、先に軽いものをいただいています」
「・・・ああ、構わない。
 ただ、それを食べたらお帰り願いたいな」
「シラギさま・・・!」
 あくまで敵意を隠さないシラギにクレースは少しは大人な対応をしろと声を顰めた。
「なにか勘違いしているのかもしれませんが・・・今日、私がここに来たのは偶然近くにいたことと、そちらのクレースさんから招待を受けたからです。
 用もなく立ち寄りませんから、そんな怖い顔をするのはやめて下さい」
 シラギの様子に、くすくすと笑顔で対応するイオネの方が、人として数倍上手に見えた。
 イオネはこざっぱりとした身なりで、商隊の途中抜けてきたようだった。
 濃い色の髪と瞳の色が、澄んだ夏の夜のように青く、誠実そうな光を放っていた。
 顔立ちは甘く、幼さの残る優しい造詣は人を信じることに長けているように感じられた。
 人に愛され可愛がられる、そんな性質が垣間見えた。
「・・・私はお前の招待を聞いていない。残念だが、歓迎する準備が整っていない。
 もし、次に来る機会があるというなら、その時にまとめて歓迎しよう。今日はできればこのままお引取り願えないか?」
「・・・うーん、そうですね、どうしようかな・・・?」
「・・・ッ!!!!」
 余裕のあるイオネの態度に、我慢ならない屈辱感が沸き上がる。
「クレース! どういうつもりだ!?」
「・・・言ったでしょう、シラギさま。私はあなたに問題にきちんと向き合っていただきたいのです。それだけですよ」
「・・・大きなお世話だっ!!」
 先日のやりとりがかすかに脳裏をよぎった。
 まさか、本当にクレースがイオネを呼ぶとは!!
 そして、その誘いにイオネが乗るとはっ!!!!
 ありえないと思っていたことが実現し、シラギは激しく混乱していた。
 冷静なふりをしているが、ボロが出ているのが自分でもわかる。
 涼しい顔をしているイオネが憎らしい。
 してやったりと口元が笑っているクレースを自棄酒責めにしてやりたいっ!!!!
 目の前に突然転がり込んできた最悪の光景に、シラギはどうすればこの場を切り抜けられるか必死に頭を動かした。
「でもまあ、とりあえず・・・」
 イオネはにこりと品良く微笑んだ。
「料理が冷めてしまいますので、いただきませんか?」
 食卓に並ぶいくつもの料理。
 後ろの方でサラがオロオロとしながら料理の盛られた皿を持って立ち尽くしてた。
「そうだな・・・」
 無関係なサラを巻き込むのは申し訳ない。
 寝起きの優れない気分と体調のまま、頭痛を訴えだした頭に顔をしかめてシラギは食卓についた。
「こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう、サラ」
 その言葉にサラはほっとしたように微笑んだ。
「大事な話をするから・・・もう下がってもいいよ」
「はい」
「後はクレースに任せるから」
「わかりました」
 サラは一礼すると立ち去った。
「サラ、ご苦労様でした」
「後はお任せしますね、クレースさん」
 クレースは扉の前でサラと挨拶を交わすと、すっと扉の布を下げた。

「さて、今日イオネさまをお呼びしたのは言うまでもありませんが、シラギさまとお話ししていただきたく思いまして」
「苦労をかけましたね、クレースさん。兄上は迷惑をかけてばかりでしょう?」
「ッ!!」
 ガチャン!
 シラギはあまりの台詞に食器を取り落とした。
 確実に、弟はシラギを下に見ている・・・?
「ええ、それはもう。最近は特に酷くて、さすがの私もどうしたものかと・・・」
 クレースは楽しそうに談笑している。
「兄上も悪い人ではないのですが、少し、ひねているというか・・・一度思い込むとなかなか方向転換できないというか・・・弟として申し訳ないです」
「いえいえ、もうそのお言葉だけで心が救われますよ・・・!」
「今日は招待して下さってありがとうございます。偶々、取引がひと段落して、この辺りに戻っていたので・・・手紙のタイイグが良かったです」
「いやあ、そうですか? ははは・・・!」
「・・・! ・・・! ・・・!!!」
 な、なんだこの食卓はっ!!!?
 シラギはこの場の空気に耐えられなくて、早く逃げ出したくて必死に料理を貪った。
「ああもう、シラギさま、イオネさまの前でそんなにがっつかないで下さい。普段の生活が疑われます」
「いえ、お気になさらず。兄上も空腹だったのでしょう。私は気にしません」
「イオネさま・・・」
「良いのですよ、クレースさん」
 どうしてすっかり仲良くなっているんだっ!?
 シラギは口に詰め込んだものを租借しながら、頭の中で必死に突っ込みを繰り返していた。
 いつの間にそんな仲になったんだ!?
 いつ接点があった!?
 だいたいシラギの従者なのに、主人を差し置いて、主人のライバルとも取れる相手にあんなに友好的に振舞うなど・・・ありえない!!!!
「んっ・・・!」
 ぐい、と水を一気に飲むと、ダン!と食卓にコップを置く。
 自然と視線がシラギに集まる。
「・・・お喋りしたいのであれば、私は遠慮しよう。二人で仲良く好きなだけ談笑すればいい。
 失礼する」
 シラギはとにかくこの場から離れたい一心で、相手に口を挟ませない早さで席を立った。
「あ、兄上・・・」
「シラギさま」
「二人でゆっくりしていくといい」
 そう言い残してシラギは部屋を後にした。
 もうあんな空間に一秒だって居たくなかった。
 誰が見ても、二人のどちらが優れているかすぐにわかる。
 兄弟というものは、昔から比較されて育ってきた。
 シラギは、他人の下す評価に辟易していた。
 いつも同じ。
 そんなことに意味があるかなんて思いたくなかった。
 自分を劣った存在だと認めたくなかった。
 何も、聞きたくなかった・・・。




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